お布施の心と徳のエネルギー

お布施の心と徳のエネルギー 幸せになる方法

 

あなたは『お布施』…と聞くと、
どんなイメージを持たれますか?

何だか宗教臭いですよね(^-^;)

 

『布施』は、仏教で使われる言葉なので、
どうしても宗教的な印象がありますね(^-^;)

 

『お布施』という言葉自体は、
誰もがよくご存知だと思いますが、
『お布施』には、いくつか種類があるのをご存知でしょうか?

 

ずっと前にも記事にさせて頂きましたが、再度お伝えさせて頂きますね。


お布施には、大きく分けて3つ(或いは4つ)あるんですよ。

 

『財施(ざいせ)』…

具体的には、金銭や衣服・食料など、物質的な『物』で行う布施が、
これに当たりますが、ものが十分にある今の時代、お布施はお金
という認識ですね。

 

また、お布施の『相場』を、気にする方もいらっしゃいますけれど、
大切なのは金額ではなく、お布施する対象に対して、どれだけ純粋な
『真心(感謝や祈り)』を、お布施に乗せられるかが重要なんです(^-^)

 

 

『法施(ほうせ)』…

元々は、仏の教えを人に説いて行く事を言いますが、

現在で言えば、宇宙の真理(カルマや徳など)を解いたり、
人が信の幸福に生きるための道(方法や考え方)を説き、
それを世の中に広めていく事を指します。

また、自分では『法施』が出来なくとも、それが出来る人と
その教えを必要としている人との間にご縁を繋ぐ事もまた、
『お布施』に当たります。

 

 

 

『無畏施(むいせ)』…

『安心施(あんしんせ)』とも言います。

このお布施は、人に恐れの念を抱かせない事や、
人のお心から恐怖心や不安を取り除いて差し上げる事を指します。

 

また、自分には『無為施』が出来なくとも、それが出来る人と
不安や悩みを抱えている人との間にご縁を繋ぐ事もまた、
『お布施』に当たります。

 

 

その他、
『和顔施(わがんせ)』…

これは、周囲の人々に笑顔で接する事で、
相手を楽しくさせたり、安心させたりする事を指します。

『安心施』と同じく、これも『お布施』になります。


本来『お布施』とは…

何かに対する『代価』ではありませんし、
人から『強制』されて行なうものでもありません。。。

 

お布施の基本は、エゴのない『無私の心』で行う事です。

それによって、結果的に、自分に大きな大きな『徳』が積まれ、
その『徳』が、現象を動かす(現象を)エネルギーになります。

 

『エゴ(私利私欲)』のエネルギーは、
とても重くてドロドロしていて、暗くて冷たいので、

それを『お布施』に乗せても、現象が動きませんし、
そもそも、『エゴ心』で『徳』は積めません(^-^;)

 

だから、必ず『エゴ』を捨てて、『無私』の心で
お布施をしなければならないんですね。

 

もし『無私の心』が難しければ、

こんな風に、考えてみられては如何でしょうか?

 

例えば…

あなたが『心から大切に思う人、愛する人、
あるいは心から尊敬している方に対する気持ち
(尊敬の念、幸せな感覚、祈りの想いなど)を、
お布施や、お布施をする対象に籠める事を、
心掛けてみて下さい。

 

見返りは考えず、ただ相手を喜ばせたい、
楽しませたい、幸せになって欲しいという
あなたの『真心』をそこに篭める事こそが、
信の『お布施の心』に通じるのではないかと思います。。。

 

その純粋な想いが届けば、とっても大きくなって
あなたのところへ返ってきますよ(*^-^*)

 

 

 

また、『財施』には、「執着心」を薄れさせる効果があります。

お金への執着。物に対する執着。好きな人への執着。
地位や名誉に対する執着。自分のプライドの執着。などなど、

色々ありますが、それを強く持っていると、あなた自身、
不平不満、怒りや悲しみ、挫折感を感じやすくなったり、
人間関係が拗れたり…

『執着』が強いと、とても生きづらくなってしまいます。

 

そういう時こそ、『お布施(財施)』のお金に、
その執着を乗せて、それが流れていくイメージをして
手放してみて下さいね。

 

感覚としては、
スパッと、さっぱり、思い切り。

「ちょっと惜しいかも…」という気がする額がベスト。

「ちょっと惜しいけど、よしっ!」と手放す。

そして、手放した直後は、
「思い切ったな~。でもスッキリした気がする」
…と、いう気持ちを感じてみて下さい。

それが感じられたら、それは間違いなく確実に、
手放せた『執着』の分だけ、その入れ替わりに
『徳』が、あなたの心に入っています。。。

 

ただし、注意点がひとつ。。。

一度は上手く手放せたとしても、放っておけば、

『執着心』『エゴ』は、どんどん増幅しますし、
その反対に、『徳』は、どんどん消耗して行きます。

…それを覚えておいて下さいね(^-^;)

 


『徳』について…

何故、『徳』が目減りしてしまうかと言うと、
それにはこんな『真理』的な理由があります。

 

私達は、食事という名のもとに、日々『殺生』して、
生かして頂いています。

毎日、業(ごう)の『カルマ』を積んでいるんですね。

 

『一日一善』という言葉がありますが、

『一日一善』程度では、『一日三膳』以上食べている
私達の『業』の量に、『徳』の量が追い付きません

 

厳密にいえば、一食にどれだけの命が奪われて
いるのだろうかと鑑みると、『一日千善』は
必要かと思うほどです(^-^;)

 

でも、ご自分の毎日の行動を振り返ってみて頂いても
分かるように、『一日十膳』ですら、至難の業だ
という事が分かると思います(^-^;)

 

私達は、長生きをすればするほど、
恐ろしくも、『業』にまみれるばかりです(^-^;)

こんな『業』を積み続ければ、未来も真っ暗、、、。

 

もし『来世』まで、この『業』を持ちこしてしまったら、
どんな恐ろしい『場所』に生れ落ちて、どんな悲惨は
人生を歩まされるか分かりません(^-^;)

 

でも上手く出来たもので、私達がこれまでに
積んでしまった『業』は、生きている人生の間の、
節目節目で『カルマの清算』という現象が起きて、
『カルマ』を持ち越さないようになっているんです。

 

『カルマの清算』の真っ只中に間は、

辛くて逃げ出したい気持ちばかりが先に立ちますが、
実はとても有難い現象なんですね。

『宇宙の慈愛』ですね。

 

でも、世の中の多くの方は、『カルマの清算』が
本当は有難い事なのだとは気付いていません。

 

人によっては、ちゃっかり『カルマの清算』から
逃げおおして、上手く(?)今生を楽に終わって
しまう方もおられたりもします。

 

でも、逃げおおせると言っても、単に借金の返済を
先延ばしにしているのと同じで、来世でまとめて
『清算』する時が必ず待っているので、その先を
想像しただけで、本当に怖いです、、、、(^-^;)

 

いずれにしても、『業』よりも『徳』の方を
沢山積んでおいた方が良さそうですね。

 

では、どうしたら『業のカルマ』の量よりも、
『徳』の量を増やせるのでしょうか?

 

そこで、助け舟になるのが『お布施』なんです。

『一日一善』するよりも、『一日一布施』する方が、
よほど大きな『徳』が積めるんです。。。

 

『お布施』の中でも、特筆すべきは、『財施』のパワーです。

他人様に施す『法施』や『畏怖施』や『和顔施』などで
積める『徳』のエネルギーは、お相手の方が、どれだけ
喜ばれたり、感謝されたりするかによりますが

 

『財施』の場合は、『お金』そのものにも凄いパワーが
ありますから、場合によっては『一粒万倍』に比例する
大きな効果が期待できる事もあります。

 

とは言え、そこで邪魔になるのが、私達の心にある
『執着心』や『見返り』を求める『エゴ』なんです。

 

いくらお金には、凄まじいエネルギーがあるとは言え、
『執着心』や『エゴ』のマイナスエネルギーの方が、
凄まじいので、人によっては、『財施』された額の、
10%すら『徳』のエネルギーになっていない場合も
あるんです、、、(^-^;)

下手をしたら、銀行の金利を下回る場合もあるかも知れません(苦笑)

でも、自分の幸せを願っての『財施』はそんなものです(^-^;)

 

ですが、人様に願って頂く場合は、見返りを考えないので、
『100%』の『財施』になり得るんです。

更に言うと、人によっては、『2倍』『3倍』になったり、
その道の力を持っている人なら『10倍』『100倍』に
なる事もあるんです。

 

だから、私はよく、

ご自分で祈っても、なかなか現象は動かないものですよ。
あなたの幸せを心から願って下さる人に、心を込めて
祈ってもらった方が、よほど現象が動きますよ。

…と申し上げています。

(ただし、その方の乗り越えるべき『カルマ』を
終えない限り、誰が祈っても現象が動かない場合もありますが)

 

『お布施』はどれも、自分のために行うのではなく、
自分以外の存在に向けて、祈りや感謝を込めて行うものです。

日々、『お布施の心』を持って、全ての存在に接すれば、
自然と『徳』が積まれ、『徳』のエネルギーが巡り巡って、
大きな成幸を連れて、あなたの元へ戻って来ますよ(^-^)

 

日々、ご一緒に精進を続けてまいりましょう。。。